始発で花巻から釜石に移動する際、
ホームの待合室にあったノートです。
既に11冊目、皆思い思いに書いていましたの
で思わず自分も記載してしまいました。
釜石では心のケア、チームジャパン300の
一員として仮設住宅等を中心に訪問をさせて
いただきました。 傾聴の素晴らしさ、音楽の
素晴らしさ、そして人の生きる強さに触れ、
多くの感動に出会って活動を終えました。
夕方からは釜石の子供たちが奇跡ではなく
実績を残したという地域へ・・・
案内してくださったタクシーの運転手も被災され
2ヶ月前にやっと働く気持ちになれたそうです。
写真は慰霊碑・・・
ここは鵜住居町で、中学生の子供たちが
小学生の手を引いて、釜石の軌跡の象徴とも
言われた場所・・・
崖が崩落しているすぐ横を約1kmに渡って避難
したのです。
ここが本来の避難場所であったが、
状況判断をしてさらに高台の方へ・・・
実はここから先がかなり急勾配なので、
本当に良く決断したものです。
そして今度は釜石小学校へ
駅前の平坦な道からいたるところにある
津波避難道路(階段等)
行き着く先にはTVの報道で何度も何度も見た
あの場所があったのです。
ここから大勢の方が泣き叫びながら
「早く逃げろ~」と・・・
立った瞬間さまざまな思いが込み上げてきて
しばらくボーッとしていました。
今後、自分に何ができるのか、タフ・ジャパンに
何が求められているのか、肌で感じた貴重な
時間となりました。
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